冷凍ギョーザ事件 中国当局、35歳の元臨時工員を拘束

2010年3月27日1時29分

事件後、操業が止まったままの天洋食品の工場正門=中国河北省石家荘、峯村写す 

 【北京=古谷浩一】中国政府は26日夜、2008年1月に起きた中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、日本向け輸出用ギョーザに毒を入れたとして、製造元の臨時工員だった中国人の男を捜査当局が拘束した、と日本政府に通告した。日中間の外交問題に発展した食の安全をめぐる事件は、発生から2年余りで大きく進展した。

 新華社通信などによると、男はギョーザの製造元である河北省石家荘市の「天洋食品」の元臨時工員で同省出身の呂月庭容疑者(35)。取り調べに対して容疑を認めている。捜査当局は多数の目撃証言も得たとしている。

 また日本の警察庁幹部が中国側の説明として語ったところでは、呂容疑者は食堂の管理人をしており、長期間、臨時工をしていても正社員になれないことが不満だったと供述。犯行に使われたとみられる注射器が2本、下水道に捨てられていたのが見つかり、注射器には事件で検出された有機リン系殺虫剤メタミドホスが付いていたという。

 呂容疑者は、捜査機関が検察当局の承認を経て行う刑事勾留(こうりゅう)の措置がとられた状態にあり、今後、逮捕、起訴の手続きがとられる見通しだ。

 事件は08年1月、天洋食品製の冷凍ギョーザを食べた千葉・兵庫両県の10人が中毒症状を訴えたことで発覚。一時は日中双方が自国での毒物混入の可能性を否定する事態になったが、同年夏、天洋食品製ギョーザを食べて中毒症状を訴える事件が中国でも起き、中国内での毒物混入の疑いが強まった。日本側は事件の早期解決を求め、両国間の重要外交課題となった。

 この事件の発覚後も、中国製の粉ミルクやピザ生地、卵などから有害物質メラミンが相次いで検出される問題が起きた。日本側に中国食品に対する強い不信感を植え付けたほか、中国の国内でも食の安全に対する関心が高まった。

 27日付の中国各紙は一様に容疑者拘束を伝える新華社の配信記事を掲載した。

中国製食品、解けぬ警戒心 ギョーザ事件・容疑者拘束(2/2ページ)

2010年3月27日13時3分

印刷



中毒事件が発覚した2008年1月、スーパーの売り場では冷凍食品が撤去される場面も見られた=甲府市


中毒事件の発覚当時、分析検査にかけられた中国製冷凍ギョーザ=2008年2月、大阪市天王寺区大阪市立環境科学研究所

厚労省、水際対策に力

 厚生労働省は27日未明、外務省からの情報提供を受け、今後の対応の検討を始めた。厚労省のある幹部は「毒物を入れた経緯や手口が判明しないと、具体的な再発防止策が決められない。まずは詳細な情報が何よりも必要だ」と話した。

 同省は事件を教訓に、輸入冷凍加工食品の残留農薬調査を始めるとともに、水際対策を強化。食品衛生監視員を2008年から09年にかけて約30人増やすなどの対策を進めてきた。

 08年春からは北京の日本大使館に食品安全を担当する外交官を駐在させ、輸出当局の担当者との情報交換をしたり、同じような異物混入問題が起きた際に備えて情報収集に当たったりしてきた。

 別の幹部は注射器を使った手口について「検疫強化だけでは限界がある。普段からどういう体制で食品をつくっているのかにも注意する必要がある」と製造過程を確認する重要性を指摘する。

 また、事件を契機に08年6月にできた「輸入加工食品の自主管理に関する指針」では、輸入食品業者に対し、異物が紛れ込まないよう管理体制が整った工場で作られたものかどうかなどの確認を製造国でするように求めている。

 それでも異物入りの食品が国内に入り込む余地は残る。被害の拡大を少しでも防ぐために、健康被害につながる情報を素早くつかんで関係先に知らせる「食中毒被害情報管理室」を09年4月に新たに設置した。担当者は「検疫体制や通常の製造体制だけでなく、万が一入り込んだ場合でも、被害を最小限にするための工夫が必要だ」という。

「工場の芝生用メタミドホス盗み注入」 中国公安省会見

2010年3月28日19時43分

印刷



河北省石家荘市郊外の山間部にある呂容疑者が二十数年間過ごした生家。今は両親が暮らす=峯村写す



 【北京=古谷浩一】中国公安省は28日、冷凍ギョーザ事件で拘束した呂月庭容疑者(35)が2007年10〜12月に計3回にわたって毒物を製品の冷凍ギョーザに混入させたと供述していることを明らかにした。呂容疑者はこれに先立ち、同年夏に有機リン系成分メタミドホスが含まれる農薬を勤め先のギョーザ工場内で盗んでいたという。

 同省幹部がテレビ朝日など一部の日本メディアと会見した。製造元の天洋食品は事件発生直後、「工場ではメタミドホスは使っていない」と否定していたが、その後の公安当局の調べで、工場内の芝生などの農薬として使われているものがあったことが分かった。呂容疑者は混入に使用した注射器数本も同工場の診療所から使用済みのものを盗んだという。

 公安当局は、呂容疑者が妻や親族に対して犯行をほのめかす発言をしていたことを知り、今年3月16日に聴取を開始。犯行を認める供述を得て、「危険物質投与」の疑いで拘束した。同21日に供述通りに工場内の下水道から注射器が見つかった。指紋は検出されなかったが、注射器の形態なども供述通りだった。

 呂容疑者が工場内の冷凍倉庫でギョーザにメタミドホスを混入したのは07年10月1日。発覚しなかったため、同12月下旬までにさらに2回、繰り返した。その後の08年1月、冷凍ギョーザを食べた千葉・兵庫県の10人が中毒症状を訴え、事件が発覚した。

 1993年から天洋食品の臨時工員だった呂容疑者は、待遇や給与で大きな差がある正社員になれず、不満を抱いた。同じく天洋食品勤務の妻が2005年に出産休暇をとった際1年分のボーナスが支給されなかったことも重なり、「工場への報復」を動機に犯行に及んだという。共犯関係はないとしている。

 公安省は2年間で計500人以上の事情聴取を行った。中でも呂容疑者を「一貫して重要な捜査対象者」(同省幹部)としていたが、決定的な証拠がなかったという。

ギョーザ事件容疑者「学費の工面に苦労」 義父母語

2010年3月28日6時34分

印刷

ソーシャルブックマーク


 【石家荘(中国河北省)=峯村健司】中国製冷凍ギョーザ事件で拘束された製造元の天洋食品(河北省)の元臨時工員、呂月庭容疑者(35)の義父母が27日、朝日新聞の単独取材に応じた。呂容疑者には小学生と幼稚園の子どもがいたが、「長年働いても給料が増えず、子どもの学費を払うのが困難だった」と述べ、生活苦と会社への恨みが動機だった可能性を示唆した。

 義父母宅は、天洋食品から北に約30キロ離れた畑の一角にある古いれんが造りの農家。呂容疑者はここに戸籍を置きながら、工場近くに住んでいた。義母は「仕事と子育てに忙しくほとんど帰ってこなかった。貧しい農家に住むのが嫌だったのだろう」と話す。

 食堂の責任者として妻とともに1日13時間以上働き続けたが、月給は800元(約1万円)前後。ほとんど昇給がなく、業績が悪いと給与がカットされることもあったという。天洋食品は事件当時約850人の臨時工がいたが、平均勤続年数は2年弱。夫婦で10年以上働き続けた呂容疑者は異例だった。勤務の年数や態度によって臨時工から給料が数倍に増える正社員に昇格できるが、かなわなかった。

 呂容疑者は地元警察当局に対し、動機について「こんなに長期間、一生懸命働いても自分と妻を正社員にしてくれない会社に強い不満があり、絶望的な気持ちになった」と供述した。

 一方、日本の警察庁によると、拘束容疑は有毒物質の混入など、公共の安全に危害を加えたりした際に適用され、死刑もありうる「危険物質投与」の罪。

ギョーザ事件―影落とす成長のゆがみ

 「中国当局の大変な努力の結果、ここまでこぎ着けていただいた」。中国製冷凍ギョーザ中毒事件で容疑者が中国の捜査当局に拘束されたのを受けて、岡田克也外相はこう語った。

 被害の判明から2年余り、ずっと日中関係のトゲとなっていた事件の捜査進展に対して、関係者から安堵(あんど)の声があがるのは自然な反応だろう。

 「警察当局が怠らず入念に捜査した結果だ」という中国外務省の説明も、その通りに違いない。とはいえ、真相解明にはほど遠い。また、食の安全という問題もこれで解決したわけではない。とても一件落着と納得できるものではない。

 拘束されたのは、ギョーザ製造元の「天洋食品」で臨時工員をしていた男性だ。中国国営新華社通信によれば、給与と他の社員に対して不満があり、報復するため、毒物をギョーザに混入したという。

 日中関係のなかで、日本側が東シナ海の開発問題と並ぶほどに重視してきたギョーザ事件の捜査の節目にしては、ずいぶん簡単な報道ぶりだ。共産党中央機関紙の人民日報は容疑者拘束の記事を掲載しなかった。

 中国側が報道を抑制的にしているのは、外交問題にかかわるからだけでなく、事件そのものに社会のゆがみが色濃く反映しているからだろう。

 中国では、低賃金で長時間労働させる企業に対して、農民など出稼ぎ労働者が怒りや不満を直接ぶちまける例が後を絶たない。不当な扱いを法的に受け止める制度が整っていないからだ。

 天洋食品でも、多くの臨時工員が頻繁な賃金カットやリストラで不満をためていた。ストライキも起きていた。

 中国側は捜査内容を詳細に発表することが、暗部の公表につながり、社会の安定を損ねると思っているのではないだろうか。しかし、ゆがみをただすには、都合の悪い、みっともないことに向き合わなければなるまい。

 また、今回のように、不満が直ちに品質を損ねることにつながるという簡単な説明を、内外の消費者は素直に受け入れることはとてもできない。

 過酷な条件で労働者を使い、安価な商品を輸出して成長する。こんな中国の成長パターンは当然ひずみをはらむ。にもかかわらず、日本側は低価格に目を奪われ、安易に中国食品を輸入してきたのではないか。また、食品の安全確保を中国側まかせにしすぎていなかったか。作り手の実情を見ないまま消費する危うさを、ギョーザ事件は教訓として残した。

 事件を受けて、日中間では閣僚級の枠組みとして「日中食品安全推進イニシアチブ」に合意している。それを当局者が推進するのは当然だが、支えになるのは生産や販売、消費にかかわる人々の相互信頼関係だ。